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『四十にして惑わず』

今年から参加しているNPO法人薬害研究センター認定セラピスト養成講座も残りわずかとなりました。

いよいよ次回の第9回目の講座では、内海先生が30名の受講者を2人一組でペアを作り、お互いの精神構造分析を行っていきます。

自分の性格や人格はどんなことが影響して形成されたのか?

なぜ今の仕事をしているのか?

そもそも自分とは何者なのか?

そして、何をやらかしているのか?

など、家系、家族構成、家族との関係性、過去の出来事などの情報をもとにしながら表層で認識できている意識や思いではなく、その裏にある、根本にある潜在意識や深層心理を紐解いていく作業をしていきます。

前回の講座が終わってから、ずっと「自分はなぜこういう性格なのか?」とか「なぜ整骨院をやっているんだろう?」とか、また「自分自身の考え方や生き方はなんでこんな感じなんだろう?」とかずっと考えていて、過去から現在にかけての自分史的な感じで実際に文字にして書いているわけなんですが、「もしかしたらこういう深層心理があったからこういう行動をしていたのかもしれない」とか「結果としてこうなっているということは深層心理はこんな感じだったのかもしれない」など、つらつらと文字にして書いていくとこれまで認識できていなかった新しい発想のようなものが浮かんできたりします。

そして、家系や家族関係、あるいは今まで自分が経験してきたことなどのすべてが、現在の自分形成に大きく関係してきていたのだなと、あらためて思うようになりました。

自分が自覚できる表層の意識ではなく、自分では自覚できない潜在意識や深層心理において、実は自分が小4でサッカーを始めたのにも理由があり、高1の途中でサッカーをやめたのにも理由があり、また整骨院を自分でやっているのにも理由があり、さらに薬害や医原病などに興味を持ち、内海先生の弟子になったことにも理由があり、はたまた妻と結婚したのにも理由があったのだと、まだまだ浅い部分のところしか見えていないかもしれませんが、それでも自己分析をしていくにつれて、徐々に明らかになってきたように思います。

自己分析をしていくうえで、家系のこと、祖父母のことなどを、先日のお盆休みに実家に行ってあらためて父と母にいろいろと聞いてみたのですが、生まれて初めて聞いた話もあったり、またそのことが今の自分に密接につながっているということがわかり、「だからなのか💡」ととても感慨深く納得がいきました。

このように自己の内面を見つめ、闇を直視していくと、常に同じような思考のクセにもとづく行動パターンで生きてきたことがわかります。

そして、自分の根本にある精神性を認識し、自分が今まで何をやらかしてきたのかを自覚すると、「プライドだけは高く、自分は間違っていないと思いこみ、世間の目や体裁を気にし、承認欲求にまみれて人のためとうそぶきながら本当は自分のことしか考えてないのにきれいごとばっかり吐いて生きてきたクソヤロー」だということがよくわかります。

まさにこれが「医者も看護師も薬剤師もカウンセラーもセラピストも占い師も、人の相談に乗ったり人の世話する仕事をしているやつはクソヤローばっかり」と内海先生がおっしゃる所以なのだと思います。

もう自己卑下なくしてはいられなくなりますね😅

 

みなさん「論語」てご存知でしょうか?

論語とは今から約2500年以上前、儒家思想の開祖である孔子の言葉を弟子たちがまとめた書物なのですが、このなかに以下のような言葉があります。

「子の曰(のたま)わく、吾れ十有(ゆう)五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(みみした)がう。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。」

孔子先生がいわれた、「わたしは15歳で学問に志し、30歳になって独立した立場を持ち、40歳になってあれこれと迷わず、50歳になって天命を確信し、60歳になって人の言葉が素直に聞かれ、70歳になると思うままにふるまっても道をはずれないようになった。」

「論語」より。

「四十にして惑わず」

今も40歳のことを「不惑(ふわく)」と言ったりしますが、これはもともと論語からきている言葉です。

ちなみに患者さんでラグビーをしている人がいるのですが、その方が所属しているチームは「山梨不惑」といって、40歳から入れるそうです。

実は、先日8月24日で僕も40歳になりました。

先ほども書いたように、今までの自分はまわりの声や評価を気にしながら八方美人的な生き方をしてきたと思います。

また、賞賛されたい、尊敬されたいという承認欲求の塊みたいなクソヤローだったと思いますが、内海先生を知り、内海先生から内海イズムを学ぶことで、自分の中に「軸」ができつつあると思うし、自分自身の考え方や生き方も確実に変わってきているとは思います。

が、まだまだ圧倒的にあらゆる面で修行が足りません。

引き続き自己の内面と向き合いながら、医療、食、健康、政治、経済、歴史、思想、哲学などさまざまな分野においての知識や見識を深めていくことで、自分の中にできつつある軸をさらに確固たるものにしていき、まさに「四十にして惑わず」を体現していけるよう、今後も精進を続けます。

山梨県甲府市の整骨・整体 くぼた整骨院