愛犬パグのあずき♀8才と
愛猫ハチワレのよもぎ♀2才。
おかげさまで2匹とも元気に穏やかな日々を送っております。
ゴールデンウィーク中は最近またちょっぴり太り気味なあずきさんと風土記の丘へ散歩に行ったり、
あくる日も風土記の丘へ散歩に行ったり、
またあくる日も風土記の丘へ散歩に行ったりして過ごしておりました。
ですがちっとも痩せません😅
年齢とともに代謝が落ちているからでしょうか?
あずきは来月の10日で9才を迎えます。
パグの9才は人間でいうと52歳くらいらしいです。
あずきおばちゃんですね。
やっぱり年齢とともに、昔と比べて自ら積極的に遊ぼうとすることも少なくなり、ゆったりまったり過ごすことが多くなったように感じます。
また、しばらく寝ていてそれから動き出す際などに、歩き出しで少しふらついたり、少しよろっとよろけたりもします。
風土記の丘に行っても数年前までは歩く距離も長くてアップダウンが激しい1番きついコースを散歩していましたが、最近ではやや楽なコースを行くことが多くなりました。
もともとあずきさんは「本当に犬なの?」て思うほど体力はなかったですが、年々疲れやすくなってきているかなと思うことも増え、やはり少しずつ、でも確実にあずきも老いてきているのだなと実感します。
人間は加齢とともに体力の衰えを感じたり、身体のどこかが痛みやすくなったり、病気をしたり、あるいは怪我もしやすく治りも遅くなるなどを実際に目の当たりにして「わしも歳じゃのう」と自らの老いを自覚するようになるかと思いますが、たぶん動物はそういったことも考えることはないんだろうなと思います。
「足が痛むな」とか「目が見えにくくなったな」とか「耳が聞こえにくくなったな」とか、その他加齢とともに起こりうるさまざまな変化に対しても、とくに悲観することもなく、「こういうもんか」とただただ受け入れるのみなんだと思います。
仏教用語に「生老病死」という言葉があります。
「四苦八苦」の「四苦」が「生老病死」にあたり、すなわち生きることの苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ、死ぬ苦しみであり、これらのことがらを人間はけっして避けることはできません。
この「苦しみ」とは「思い通りにならないこと、自由がきかないこと」ということです。
いつまでも若々しく、病気もせず健康で長生きしたいという気持ちは、多かれ少なかれ誰でも持っているとは思いますが、しかしながらその気持ちが強ければ強いほど、アンチエイジングや健康といったことに執着すればするほど、老いや病気、死に対する恐れも増すことになり、かえって生きにくさ(生きることの苦しみ)を自らで作り出してしまっているということも、往々にしてあるのではないかと思います。
日々の生活の中で、健康を意識することは大切なことかと思いますが、健康を意識しすぎず、加齢とともに起こるさまざまな変化に対しても、ある程度「しょうがない」と思えるかどうかって大切なことで、これが生きやすさにもつながっていくと思います。
たしかにそこには「あきらめ」という意味合いも含まれるかと思います。
しかしながらネガティブな要素はほとんどなくて、それよりもむしろ前向きな精神性があるからこそ、そう思えるんじゃないかなと思います。
あずきとよもぎを見ていると、まぁ犬と猫なので当たり前と言えば当たり前ですが😅2匹とも本当に「自然体」で「あるがまま」な生き方を体現しているのがよくわかります。
まさに「無為自然」の大切さを教えてくれているようです。
無為自然とは、中国春秋時代の思想家である老子の言葉であり、「作為なく自然のままにまかせること」です。
ことさらに「知」や「欲」をはたらかせず、自然に従って生きることが、人間が心身を健やかに保ち、より良い人生を生きていく上で大切なことであるということです。
まさにその通りなんじゃないかなと思います。
やはり自然の一部である人間は、自然に生かされているだけに過ぎず、欲深くなればなるほどかえって失うものも大きいのではないかと思います。
「動物は本来こうあるべきなんだよ」と、あずきとよもぎはいつも教えてくれているような気がします。
そんな我が家の大切なあずきとよもぎ。
無為自然、と言ってるそばから、
あずきもよもぎもご飯めっちゃ食べます。
足りないと「わんわん!」「にゃーにゃー!」とすごい要求してきます。
あずきもよもぎも食に対する欲は半端ないです。
あずきとよもぎには無為自然なんて知ったこっちゃないですね。
まぁ食べたいから食べる!ていうのも、ある意味で自然体、あるがままと言えるかもしれませんが。
とにもかくにもあずきもよもぎもこれからどれくらい生きてくれるのかはわからないけど、その時が来るまで、お互い我が道を行くスタイルで元気に長生きしておくれ。
山梨県甲府市の整骨・整体 くぼた整骨院